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あなたの旦那/彼氏、書き殺しますーー離婚するほどじゃない夫専門店
あなたの旦那/彼氏、書き殺しますーー離婚するほどじゃない夫専門店
Author: Amy

Case 01 今日の飯、どうする?(1/3)

Author: Amy
last update publish date: 2026-09-26 08:47:40

「いらっしゃいませ」

私は、目の前の女性に椅子を勧めた。

「本日は、旦那様ですか? 彼氏様ですか?」

女性は一瞬、戸惑ったように瞬きをした。

「……夫です」

「かしこまりました」

私は赤いペンのキャップを外し、受付票を1枚取り出した。

店の名前はない。

正確には、大きな看板を出していない。

古い雑居ビルの3階。

少し重たいドアに、白い紙が1枚貼られているだけだ。

あなたの旦那/彼氏、書き殺します。

その下には、さらに小さな文字で、

※現実世界への効力はありません

とある。

私は小説家だ。

売れているかと聞かれると困る。

ただ、人の旦那を小説の中で懲らしめる仕事だけは、なぜか途切れない。

受付票の右上に番号を書く。

001

「奥様のお名前を伺っても?」

「高橋沙織です。38歳」

「ご主人は?」

「誠。42歳です」

私は順番に記入していった。

受付番号:001

対象:夫

夫:42歳

妻:38歳

結婚歴:9年

子ども:小学2年生の娘1人

本日の罪状:未記入

常習性:確認中

妻の我慢度:★★☆☆☆

本日の殺意:★★☆☆☆

希望コース:未定

私は受付票から顔を上げた。

「ではまず――」

いつもの質問をする。

「今日、何をされました?」

沙織さんは困ったように笑った。

「今日じゃなくて、昨日なんですけど」

「問題ありません」

「こんなことで来てもいいのかなって」

「内容を伺ってから判断します」

「あの……昨日、熱が出たんです」

「何度ですか?」

「39度2分」

赤いペンが止まった。

「高いですね」

「はい」

小学2年生の娘を迎えに行き、夕食を食べさせ、風呂に入れ、自分は薬を飲んでベッドへ倒れ込んだ。

夫は仕事だった。

そこまではいい。

夜8時過ぎ。

玄関のドアが開いた。

「ただいまー」

誠さんは寝室を覗いた。

「大丈夫?」

ここまではいい。

「薬飲んだ?」

これもいい。

問題は、その3秒後だった。

「で、今日の飯どうする?」

私は黙って受付票へ視線を落とした。

本日の罪状:39度2分の妻に夕食の判断を求める

と書く。

沙織さんが私の手元を見た。

「……分かります?」

「もう少し詳しく伺います」

「はい」

「ご主人は『作って』と言ったんですか?」

「それは言ってないんです」

「では?」

「『俺、何か買ってくるよ』って」

「それだけ聞くと、親切ですね」

「そうなんです!」

沙織さんが身を乗り出した。

「そこなんです!」

私は赤いペンを構え直した。

「続けてください」

「『何買えばいい?』って聞くんですよ」

「はい」

「知らないよって思いません?」

「39度2分ですからね」

「だから『何でもいい』って言ったんです」

「すると?」

沙織さんは、少し低い声で夫の真似をした。

「『何でもいいが一番困るんだよね』って」

私は何も言わず、受付票を書き直した。

妻の我慢度:★★☆☆☆ → ★★★☆☆

「あ」

沙織さんが気づいた。

「増えました?」

「こちらの判断です」

彼女が吹き出した。

「でも、これだけじゃないんです」

「でしょうね」

「え?」

「いえ。続けてください」

夫がスーパーへ行けば、

『マヨネーズどれ?』

と写真が送られてくる。

家の中にいるのに、

「俺の靴下どこ?」

テレビのリモコンが見つからなければ、

「最後に使ったの誰?」

旅行の日には、自分のバッグだけ持って玄関に立ち、

「まだ?」

娘を1時間公園へ連れて行った日には、

「今日、俺かなり育児したよな」

私は淡々と書き足していった。

常習性:常習

主な症状:妻を家庭内検索エンジンとして使用

「この前なんて」

沙織さんの声が少し低くなった。

「トイレットペーパーを使い切ったんです」

「はい」

「芯だけ残してありました」

「ご主人が最後に使ったのは確実ですか?」

「間違いありません」

私は追記した。

追加罪状:最後の1ミリを使用した者としての責任を放棄

沙織さんが受付票を覗き込む。

「そこまで書くんですか?」

「記録は正確に残します」

「病院みたいですね」

「似たようなものです」

「どこが?」

「溜めすぎると悪化します」

沙織さんは、また笑った。

けれど、その笑顔はすぐに消えた。

「でも私も分かってるんです」

「何をですか?」

「こんなの、大したことじゃないって」

彼女は指先を見つめた。

「浮気してるわけじゃないし、暴力もない。ギャンブルもしない。ちゃんと働いてるし、娘のことも可愛がってます」

「はい」

「だから、夫は悪い人じゃないんです」

私は赤いペンで、その言葉を丸で囲んだ。

夫は悪い人じゃない。

この店へ来る女性が、よく口にする言葉だ。

「離婚したいわけでもないんです」

「はい」

「ただ……」

彼女はしばらく考えてから、小さな声で言った。

「たまに、1回だけ消えてくれないかなって」

私は受付票を見る。

本日の殺意:★★☆☆☆

少し考えて、

★★★☆☆

にした。

「また増えた」

「妥当かと」

私は受付票を閉じた。

「高橋様」

「はい」

「当店では、離婚理由は必要ありません」

机の下から、黒い革張りのメニューブックを取り出す。

表紙には金色の文字。

WRITING KILL MENU

沙織さんの目が止まった。

私はそれを、彼女の前へ静かに差し出した。

「では、本日のメニューをご案内します」

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